被災収蔵品処置の記録  ―収蔵品を追う― ~映画分野編~<「神奈川ニュース 川崎市政ニュース映画」ネガフィルム>

映画分野では、大きく分けて映画フィルム、そしてノンフィルムと呼ばれる紙資料を収集してきました。映画分野のレスキュー活動の中で最初に取り組んだのが「神奈川ニュース 川崎市政ニュース映画」ネガフィルムの応急処置です。
今回は、応急処置を担当した外部の専門家のひとりである鈴木伸和さん(株式会社東京光音、NPO法人映画保存協会 災害対策部)にお話を伺いました。

【作品解説】
<神奈川ニュース 川崎市政ニュース映画とは>
神奈川ニュースは、昭和25(1950)年に設立された社団法人神奈川ニュース映画協会が神奈川県、川崎市、横浜市など、県内の公共団体の施策と事業をPRするために制作したニュース映画です。当時は神奈川県内の様々な映画館で本編上映前に上映されました。


神奈川ニュース 川崎市政ニュース映画の画像

[映画フィルムについて]
映画フィルムは、35mm、16mm、8mm、その他様々なサイズがありますが、基本構造は共通して2層構造となっています。ベースと呼ばれる支持体にエマルジョンと呼ばれる乳剤が塗られており、1コマ(フレーム)の画像が形成されます。多くは1秒間24フレームで構成され、そのフレームが連なっていくことでひとつのフィルムロールを形成します。35mmフィルムの場合は20分の映像で約2,000フィート(約610メートル)のロールとなり、直径は約30センチ、重さは約3キロです。

【レスキュー作業工程】
「神奈川ニュース 川崎市政ニュース映画」は、下記の流れで応急処置を行いました。
① 収蔵庫より搬出
② ID付与、記録撮影
③ 記録表作成
④ 外部搬出
⑤ フィルムの状態検査
⑥ 専用機械等による洗浄・乾燥
⑦ 処置後の記録および缶の入替

館内では①から④の処置を行っています。地上に運びあげたフィルムは1缶ずつ作成したID札と一緒に記録撮影を行いました。また、運搬の際にはフィルムが乾燥して固着してしまうのを防ぐ処置を施して外部搬出をしました。1ロールのフィルムを水洗し、なおかつ均等に水ムラなく乾燥させるためにはフィルム専用の機械を備えている専門の会社へ搬出する必要があったためです。

[保存について]
長期的な保存のためには、低温低湿の状態を一定に保つ必要があります。市民ミュージアムの映画用の収蔵庫は、温度差による結露を防ぐため奥に「保管庫」、手前に外気の温度とならすための「ならし室」という構造をもっていました。
[レスキューの緊急性]
フィルムは長期にわたって水に浸かると乳剤が溶解し、フィルム上の画像情報が失われてしまいます。今回のレスキュー活動においては緊急に対応が必要な素材のひとつでした。また、映画製作では原版や上映用など様々な種類(ジェネレーション)のフィルムを作成します。当館では原版にあたるネガフィルムや同等のフィルムを特に優先順位の高いものとしました。


写真:左 被災後の第9収蔵庫の様子/ 右上 搬出の様子/ 右下 ID付与、記録撮影

【フィルム専門の会社での処置について】
今回水損したフィルムへの処置を行った専門家のひとりである鈴木伸和さんに館外での主に⑤、⑥の処置についてお話を伺いました。


―鈴木さん、本日はよろしくお願いします。
まずお伺いしたいのですが、今回の市民ミュージアムのレスキュー活動ではどのような作業をされたのでしょうか?
(鈴木)レスキューでは、初動のための情報を提供し、映画フィルムの搬出に協力した後、応急処置(洗浄等)を行いました。応急処置では、フィルムの状態検査と専用の洗浄機器を用いた水洗を行いました。

東京光音に到着直後のフィルム

―フィルムの状態検査とはどのような作業でしょうか?

(鈴木)このように巻き返しを行いながらフィルム全体の状態を確認していきます。そして、劣化状態を確認してA~Eの5段階に分類しました。

[5段階の判定基準]
フィルム専門の各社に搬出したフィルムの状態は様々でしたが、 劣化状態の情報を共有しながら、「浸水の程度」、「乳剤の状態」、「ベースの状態」について検査し、下記A~Eまでの判定基準を国立映画アーカイブ、各専門会社と共に作成しました。
A. 浸水しておらず、水洗作業の必要なし
B. 浸水がみられるものの、状態は比較的良好
C. 浸水し、乳剤に膨張が見られるが、目立った剥離症状は見られない
D. 浸水し、乳剤の剥離、固着が見られ、救済不可能な箇所がある
E. 浸水し、乳剤の剥離、固着が見られ、全面的に救済が不可能

―検査をされた際には、水損したフィルムはどのような状態でしたか?
(鈴木)検査の時はべたつきがひどく、巻き返しを行う時にベリベリと音がして剥がれない状態でした。この時がエマルジョンの剥離が一番起こりやすいので、気を付けました。


巻き返しを行う鈴木さん

―このフィルムの劣化状態はどれくらいでしたか?
(鈴木)こちらは水損して、一部のエマルジョン(乳剤)が溶けていますが、画像が記録されている部分には影響がないのでCランクにあたります。


フィルムの端のエマルジョンが溶けているフィルム

―溶けてしまった部分がさらに溶解が進むということはあるのでしょうか?
(鈴木)一度乾燥させてしまえば溶解が急速に進むことはありません。ただ、乾燥させてもそのまま放置していると少しずつ溶解が進んでいきます。

―溶けてしまった画像は戻すことはできないのでしょうか?
(鈴木) (画像が欠落しているフィルムについて)もし今後修復していくのであれば、デジタル化をしていくことになると思うのですが、(画像が)1フレームだけ溶けているということならば、前後のフレームのデータをもってきてデジタル上で修復するという手段もあると思います。ただ、全編の画(え)が溶けてしまっていたら、前後のフレームもないので修復することは出来ないということになります。

―画面がどれくらい欠落すると、デジタル上での修復が難しくなりますか?
(鈴木)同じ画が続いているシーンであれば、似たフレームを繋げるだけですので、デジタル修復は難しくありませんが、動きのあるシーンではカメラの動きなどにもよりますが数フレーム欠落してしまうと、デジタル修復は難しくなります。


画像が欠落(剥離)しているフィルム

―処置後の水損したフィルムは通常のフィルムと比較して劣化しやすいなど何か違いが出てくるでしょうか?
(鈴木)出てくると思います。(未水損のものと比較して)状態が悪くなりやすいと思いますね。エマルジョンが溶けやすくなっているので、低温低湿度の環境で保管していたとしても、またいつか固着し、巻き返しを行う際にまたベリベリと音が鳴って画像が失われるということが考えられます。
フィルムを延々拭いて溶解したエマルジョンを可能な限り除去することで、より長期保存ができますので、短期間で再固着しない程度に応急処置を今行っているところです。今後も定期的にフィルムの巻き直しをしていくことで、再固着するリスクをさらに軽減できると思います。

―川崎市政ニュース映画の音(おと)ネガについて教えてください。
(鈴木)この部分(黒い線)に音の情報が記録されています。(相対的にみて川崎市政ニュース映画の)音は比較的残っています。こういう風に(フィルムが)湾曲していると、自動の洗浄機器にかけられないので、手拭きでカビや溶解したエマルジョンを取ったりします。湾曲しているフィルムは巻き返すのも大変ですね。

[音(おと)ネガ]
音声の波形が光学録音されているネガフィルムを「音ネガ」と言います。


エマルジョンが溶けて音の情報が一部消えてしまったフィルム

―湾曲してしまったフィルムは映写機にはかけられないのですか?
 また、デジタル修復などで修復することは出来るのでしょうか?
(鈴木)ここまで湾曲してしまうとポジフィルムの場合は難しいと思います。これは音ネガなので映写機にかけることはないですが。(デジタル修復の時、スキャナーで読み取る際に)音の場合はフィルムが変形していても、音の再生は比較的簡単なのですが、画の場合はピントが合わなくなることがあります。


ベースの収縮により湾曲しているフィルム

―ここまでは水損による、乳剤やベースの劣化について伺ってきました。映画フィルムには、ビネガー・シンドロームという劣化現象がありますが、もしビネガー・シンドロームが進行していたフィルムが水損した場合、処置の方法はどのようになりますか?
(鈴木) ビネガー・シンドロームが非常に進行した場合、先ほどの(水損したフィルムの)湾曲よりももっとひどく湾曲しているものもあります。エッジ部分が丸まってしまっているんです。その場合は、フィルムロールとして巻くこともできないので、保管するためには袋の中に入れて管理するしかないです。ただそれでも手で拭いて応急処置をすることは出来るので、そのようにしています。神奈川ニュースでもそのような対応をしたものが1つあります。
フィルムの元々の劣化度合いによって、水損した後の劣化の状況も変わります。元々のフィルムの状態が悪ければ、水損した期間が短かったとしても既に悪い状態ですし、元々の状態が良ければ、(応急処置の段階では)水損による劣化があまり見られないということです。この違いは大きいですね。どちらにせよ劣化したものはもとの状態には戻せないので、急速に劣化が進行しないように洗浄する、複製する、以外に道はないです。なので、方法としてはどちらも同じ手段をとります。

[ビネガー・シンドローム]
アセテートフィルムにみられる一般的な劣化現象。アセテートフィルムのベースの素材である三酢酸セルロース(TAC)が空気中の水分と結びつき分解していくこと(加水分解)により、フィルムから酢酸臭が発生し、次第にフィルム表面にべたつきや粉状のものが現れます。劣化が進行するとベースが収縮して波打ち、画像が溶けてしまいます。
[アセテートフィルム]
1890年代から普及していたナイトレートフィルムが可燃性であり、危険であるということから代替素材として登場したフィルムです。フィルムベース(支持体)はこれまで主に3種類が製造されてきており、現在はアセテートフィルムに代わって、最も強度があり化学的に安定しているといわれるポリエステルフィルムが主流になってきています。

―ここまで、フィルムの状態検査について教えて頂きましたが、この後はどのような処置を行うのでしょうか?
(鈴木)被災した映画フィルムは水損しており、画像を記録している乳剤層の溶解・固着を防ぐため、できるだけ早く洗浄と乾燥を行う必要があります。また、映画フィルムは写真フィルムとは異なり、直径数十センチ程度の大きなロール状になっているため、大量の映画フィルムを素早く洗浄・乾燥させるには専用の洗浄機器が必須です。特に、水損した映画フィルムの場合は専用機器で素早く大量に応急処置をしなければならない点が大きく異なります。

―洗浄機について教えてください。

(鈴木)こちらが東京光音で開発した洗浄機器です。他の洗浄機器だと少し形が違うようですが、洗浄・乾燥という基本的な工程は同じだと思います。
はじめは洗浄用の水を循環させて洗っていたのですが、あまりにも(被災したフィルムの)汚れがひどいので、いまは洗浄した水は廃棄して継ぎ足しながら洗っています。ローラーをくるくる回しながら汚れやカビを除去して洗っています。洗った後は、隣のボックス内で市販の除湿器などを使いながら乾燥させていきます。
あまり濡らしすぎると画像が溶けてしまったり、乾かなかったりするので、(洗浄用の)水の量の調整がかなり難しく、フィルムの劣化具合によって少しずつ変えています。
クリーニングは全自動で洗うだけですのでシンプルですが、この機械にかけている間にフィルムが乾くように乾燥時間を調整するのが難しいところです。フィルムの状態によってその調整が必要になります。
1巻のフィルムの中でも乾きやすい所や乾きにくい所があったりします。状態が良ければスタートボタンを押せば1時間ほどで洗浄が完了するのですが、状態が悪いものだと付きっきりで1日かかることもあります。
フィルムはベースとエマルジョンで裏表があるのですが、エマルジョンは水に濡れるとすごく粘着質になるので乾燥させる時は必ずベース面がローラーに当たるようにしています。例えば実験映画などで、フィルムの裏表が混在している作品などは洗浄機器にかけるのがとても難しかったりします。

―通常の洗浄と今回の洗浄に異なる点はありましたか?
(鈴木)通常のフィルムの洗浄は有機溶剤を使用することが多いのでそれほど難しくないのですが、今回はフィルムが水損しているため水を使うので難しくなります。水はフィルムの内部に浸透して洗浄できますが、有機溶剤は水分が含まれていないので表面の汚れだけを取るんです。(被災したフィルムに)有機溶剤を使用して洗浄することもできるのですが、有機溶剤では水よりもカビの除去率が落ちます。

―手拭きでもカビは除去できるのですか?
(鈴木)手拭きでもある程度は除去できるのですが、水の乾燥ムラが残りやすいのでその後フィルムを商業利用する場合はあまり行わないです。トップやエンドなど本編と関係のないところを手拭きすることはあります。ただ、それは通常のフィルムの場合で、被災したフィルムは多少ムラが残ったとしても応急処置として手拭きを行うことがあります。その方が劣化の進行を抑えられるからです。

―大変だったことなど何かほかにありましたら教えてください。
(鈴木)画像部分が大きく溶解し、べとつき始めた映画フィルムは、通常の洗浄だけでは粘着性が除去できず、数時間、または数日かけて地道に手で拭く応急処置も必要でした。
また、水損による影響で膨張した映画フィルムは大きく変形している場合があり、取り扱い方が一様ではなく、応急処置前後に映画フィルムを巻き直す作業だけでも大変な時間が必要でした。

―ありがとうございました。

洗浄処置後の川崎市政ニュース映画

【おわりに】
今回の記事では、映画フィルムの物理的な応急処置についてご紹介いたしました。映画フィルムは、こうした応急処置を行ったとしたとしても、損傷が激しいものは、乳剤面が再度固着してしまうなどの心配があります。したがって、画像情報の保全のためには、できるだけ早く複製やデジタル化を行っていかなければいけません。今後は優先順位を検討しながら、デジタル化を行ってまいります。市民ミュージアムでは、デジタルスキャナーを導入し、館内でのデジタル化作業も開始いたしました。水損したフィルムのデジタル化作業に関しては、これだけ大規模なコレクションが水損したという前例があまりないこともあり様々な課題がありますが、一連の作業の中で得た知見は、未来のためにも今後もご紹介していきたいと思います。

【プロフィール】
鈴木伸和
視聴覚アーキビスト。2004年から3年間、東京国立近代美術館フィルムセンター(現:国立映画アーカイブ)に事務補佐員として勤務。2007年から現在まで、株式会社東京光音で視聴覚資料の保全・デジタル化業務に従事している。文化庁新進芸術家として2014年から1年間、カンボジアのボパナ視聴覚リソースセンターに所属し、国内に残存する視聴覚資料の調査と現地アーキビストの教育を担当した。
会員:NPO法人映画保存協会、国際博物館会議(ICOM)

【インタビューについて】
取材日時:2020年10月21日
取材場所:株式会社東京光音 鈴木伸和
取材者 :川崎市市民ミュージアム 中西香南子 安尾祥子