常設の博物館展示室は、時系列に沿って川崎市域の歴史と文化を紹介しています。
「民俗」、「原始」、「古代」、「中世・近世1」、「近世2」、「近代・現代」の6室で構成し、展示室の壁面に設置した大きな年表を参照しながら、それぞれの時代を特徴づける展示資料を観覧できます。各室の入り口には、それぞれのテーマを象徴するオブジェを置き、さらにカプセル内のジオラマ展示等で、そのテーマをイメージしてもらい、奥の展示室で各論を展開するといった展示方法をとっています。
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民俗

かつて多摩川沿いには、稲作を中心とする農村地帯が広がっていました。これらは市内商工業企業の飛躍的な発達に伴い、都市化が進んだことにより徐々に姿を消していきました。本展示室では、川崎市域内でも多摩川の水とともにくらしていた人々について、どのような共同体意識をもって地域社会を形成していったのか、農村における日常生活、行事、信仰、生産活動とそれにかかわる様々な道具から考察していきます。展示室には、地域住民によって復元された「セイノカミのおこもり小屋」のようなつくりものの他、市内の農村部で使われていた貴重な農機具類等を展示しています。

川崎市多摩区登戸台和地区のセイノカミのおこもり小屋

 

第1室 入口




原始

川崎に人類が住み始めたのは旧石器時代、いわゆる氷河時代でした。この時代の遺跡が、川崎にも小規模ながらいくつか確認されています。約13000年前頃から地球規模で温暖化が始まり、それとともに土器や弓矢が発明されました。縄文時代の始まりです。約1万年間つづいた縄文時代は、狩猟・採集に基礎をおきながら、後半は植物の管理・栽培も行われていました。川崎には多摩丘陵を中心に、縄文時代終焉までの集落や貝塚などの遺跡が豊富です。農耕が本格化する弥生時代は、集落を溝で囲む環壕集落が登場し、階級社会への歩みを始める時代の資料を展示しています。

第2室カプセル 湧水模型

 

第2室 入口




古代

原始農耕社会が円熟してくると、人びとの地域的なまとまりが強くなり、階級が生じていきます。その一つの象徴が古墳です。特定の個人のために大きな墓を作る古墳時代は、川崎周辺では4世紀になって登場するようになります。その後6世紀後半になると古墳の築造が多くなり、崖面に横穴を掘り、これを古墳とする横穴墓も7世紀まで盛んに作られました。しかし、律令国家・仏教思想の進展とともに、次第に古墳築造にかわり、寺院の建立や国衙・郡衙の創設とその支配を受けるようになります。川崎の大部分は武蔵国橘樹郡(評)であり、影向寺と千年周辺が、橘樹郡の中心地となるところまでを展示しています。

第3室カプセル 古墳石室模型

 

第3室 入口