川崎と東京の間を流れる多摩川は、山梨県を源流とする全長138キロの一級河川です。そこにはいくつもの橋が架けられており、多くの人が毎日のように徒歩や車で行き来したり、電車に乗って川を渡っています。
治水技術が発展した現代では多摩川が氾濫することは滅多にありませんが、かつて「暴れ川」ともよばれた多摩川は幾度となく洪水を繰り返してきました。水害の多い地域であった多摩川下流域(通称六郷川)は、江戸時代初期に、橋から船で川を渡る「渡船」へと切り替わります。渡し船は川を渡る人や渡船業を営む人々にとっては欠かせない存在となりますが、明治時代に入ると橋が架かり、渡船場をめぐる状況は大きく変化します。そんな“多摩川の渡船”に関する歴史を取り上げた展覧会を「オンライン展覧会 多摩川をわたる -六郷橋と六郷渡船-」と題して開催していました。(会期:2025年11月~2026年3月。現在は終了しています。)

川崎宿船場町絵図(部分) 明和2年(1765) 川崎市市民ミュージアム蔵
絵図の下方に渡し船が描かれています。
この展覧会の関連事業として、レクチャー&ワークショップ<わたる つくる たどる橋>と題した事業を行いました。「レクチャー&ワークショップ」という名の通り、前半は展覧会を担当した職員による展示解説、後半は、デザイン会社であると同時に多摩川に関する様々なことを展開する「ムラハタワークス」の古畑健太郎さんと村尾理枝さんを講師にお迎えして、橋とその周りに広がる風景を作る創作活動を行う内容です。
元々は2月に開催予定でしたが雪のため延期となり、3月22日(日)に改めて開催したのでした。当日は良く晴れて暖かく、桜の開花が観測された日。会場から臨む多摩川の水面も光を反射してきらめいていました。
まずはじめはレクチャー。六郷橋をめぐる様々なエピソードを紹介していきます。
多くの人が使う橋の建設を私費で作ったものの複数回の破損、それに伴う修理も個人が支払ったことや、渡し船で人や物資を渡す「渡船業」を生業とする人々と橋を架けたい人々との攻防など、様々なエピソードが紹介されました。
大正時代の橋の写真を映し出しながらレクチャーする場面も。
六郷橋は洪水などで何度か橋が流された過去があり、現在の橋になるまで何回か架け直されているのです。
そして後半。橋とその周辺の風景を作ります。















