被災収蔵品処置の記録 ―収蔵品を追う― 《社会主義の勝利》

グスターフ・クルーツィス・グスタヴォヴィチ《社会主義の勝利》
1932年 リトグラフ 三浦コレクション

■作品解説

 本作は1932年に制作されたソビエト連邦のプロパガンダポスターです。
 ソ連では、1928年 から1932年にかけて、スターリンによる第一次五ヵ年計画が掲げられ、重工業の推進と農業の集団化が推進されました。この時代、こうした政策の重要性を民衆に訴えるため、共産党中央委員会監督のもと、国立造形芸術出版所から数多くの政治ポスターが発行されます。
 本作は「我が国における社会主義の勝利が保障される。社会主義の基盤が完成される。」というスローガンとともに、スターリンの経済政策の重要性を強調する内容となっています。画面にはスターリンの肖像を中心に工場や民衆の写真が組み合わされており、写真をコラージュして画面構成するフォト・モンタージュの技法が用いられました。フォト・モンタージュは写真を効果的に配置することで、見る人に強い視覚的な印象を与える点が特徴です。
 クルーツィスはダダのジョージ・グロス、ラウル・ハウスマン、ジョン・ハートフィールドらと並び、ソビエトのフォト・モンタージュの創始者とされ、フォト・モンタージュを駆使して様々なポスターデザインを手がけました。

グスターフ・クルーツィス・グスタヴォヴィチ(1895-1938)

 クルーツィスはラトビア出身の画家、グラフィックデザイナーです。19世紀末から1930年代初頭にかけて展開した芸術運動・ロシア・アヴァンギャルドの時代に生きました。
 1913年から1915年までラトビアにあるリガの美術学校で学び、1916年から1917年にかけてはペトログラード(現 サンクトペテルブルク)の帝国芸術振興協会のデッサン学校で学びました。その後、モスクワの国立自由芸術工房において、カジミール・マレーヴィチに師事します。こうしてロシア構成主義の作家のひとりとして、1920年代から30年代にかけて、モスクワでの展覧会や祭典のデザインを数多く手がけました。
 スターリン政権下での文化革命により、1930年代にはロシア・アヴァンギャルドが終息へと向かいますが、クルーツィスはスターリン体制下の政治ポスター制作のほか、1937年にパリで開催された「現代生活における芸術と技術国際博覧会」のロシア・パビリオンに参加するなど、国を代表する芸術家として活動を続けました。しかし、スターリンによる芸術統制と政治的弾圧の中で、1937年に逮捕され、翌1938年に銃殺刑により処刑されます。
 クルーツィスは豊かな才能に恵まれ、国際的な舞台で活躍しながらも、激しく揺れ動く時代に翻弄された作家のひとりでした。

■応急処置の工程

《社会主義の勝利》は2020年1月9日に収蔵庫から搬出され、額装を外す作業が行われました。被災から約3か月が経過し、全体的にカビの繁殖が進んでいる状態でした。


△収蔵庫から搬出し額外しを行う前の状態

《社会主義の勝利》のようなグラフィックポスターは、大型の作品を中心に額装の状態で保管されていたため、まず額から作品を取り出す作業が必要になります。作品の表面を覆っているアクリル板は作品が張り付いている箇所もあったため、慎重に額を取り外しました。


△アクリル板を外す作業(画像は別作品)

額外しを終えた作品は、館内の広いスペースで自然乾燥をさせ、その後、表面のカビを除去するカビ払い作業を行い、燻蒸を行いました。


△自然乾燥中の様子

■修復

本作品はサイズが205×143cmと大型のため、こうした大きなサイズの作品を処置できる専門の修復業者に修復を依頼することになりました。作品は全体にカビが繁殖し、本紙に硬く定着、また泥水が入ったことにより、全体的に染みや汚れ、波打ち状の変形が強く生じていました。作品の本紙は非常に薄く、泥水やカビにより酸性に傾き、脆弱化して柔軟性を失っている状態で、修復の作業には慎重さが求められます。行われた修復の処置について、いくつかご紹介しましょう。

 
△修復前 左:表面 右:裏面



△修復前 左上部分 カビや染みの様子


△修復前 斜光による記録画像
全体的に歪みや変形が見られる。

<クリーニング>
 

刷毛、メス、練ゴムを使用して吸引機で吸い取りながらカビを除去しました。硬いカビには精製水を含ませたコットンやジェルでカビを柔らかくし、そのうえでメスを使用して除去するなど、カビの状況により道具を使い分けます。

<裏打ち布の除去>
本紙に接着された裏打ちの布を剥がしました。本紙を傷めないように、裏返しにして慎重に裏打ち布や被災前に処置された古い修復の補填紙を取り外してゆきます。本紙の裏に貼り付けてある薄い紙は接着が強かったため、ジェルを塗布して接着剤を緩ませてからメスを使用して取り除きました。

 

<洗浄>
本紙内部の汚れや可溶性の酸を洗い流すため、水による洗浄処置を行います。本紙は薄く、脆弱化していたため、僅かな水分で洗浄可能なゲランガムというゲルを作品表面に約50分接着し、汚れを吸着させました。このゲルは被災で傷んだ作品の表面を傷めずに汚れを除去することが出来ます。

△ゲランガムに吸着した汚れ

<裏打ち>
洗浄を終えた作品に生麩糊と薄楮和紙で新しい裏打ちを施します。
   
△裏打ちの様子          △継ぎ部分の接合作業

<フラットニング・補彩>
裏打ち後、仮張りにかけて乾燥させ、全体を伸ばしました。カビの浸食によりインクが失われた部分には補彩を施します。本紙に色を入れる前にはメチルセルロースを塗布し、その上から水彩絵具で補彩しました。欠損部にも水彩絵具で補彩することで美観をできるだけ回復します。
 


 
△修復後 左:表面 右:裏面


本作品の修復は2023年4月から2024年2月まで、約10か月にわたり処置が行われました。応急処置から修復まで、様々な方に関わっていただきました。当館はこうしたソ連のプロパガンダポスターを多数収蔵しており、将来的には修復を終えた作品を展覧会などの機会でご紹介できればと思います。

中野可南子