写真ゲーム
ARTIST TALK_作家トーク
作家トークNo.5 北野謙(1)「人々が日々生活して生きているということを、直接確かめる…」
北野さんの作品の展示風景 撮影:北野謙
ー今日は、作家の北野謙さんをお招きしまして、作品について語っていただきます。北野謙さん、よろしくお願いいたします。早速今回の展示作品についてお話をうかがいたいと思うんですけれども。北野さんは、様々な人、職業であったり、場所であったり、一つのポイントで人々を重ね合わせて一つの写真を作る作品「our face」が高く評価されまして、日本写真協会賞を去年受賞されています。「our face」について…
北野:一見して不気味な写真かもしれません。これはどういう写真かといいますと、職場だったり、学校だったり、お祭りだったり、伝統の芸能に関わる人たちだったり、あるいはスポーツのファンや選手だったり、本当にいろいろな人たちのところに訪ねて、ポートレートを撮っています。行った先で、極力全員の写真を撮らせて下さいとお願いするんです。一人かっこいい人を見つけて撮るんじゃなくて、全員なるべく撮らせてほしいと。
まあ、何万人といるようなお祭りはできる範囲でですけれども、撮影した数十人とか、多くて百人くらいですかね、その人たちを暗室の中で一枚のプリントに、一人一人を薄く露光しながら、一枚の印画紙にネガを何枚か変えて、60人だったら60回繰り返して、ぼんやりとした一人というか、全員が重なった像を制作します。ですから、実際にこういう人たちがいらっしゃるわけじゃないんですね。一人一人いろいろな方がいらっしゃるんですけれども、重なって出てきた集団の像と言いますか、集団の時間と光が蓄積されたイメージがこれらの肖像です。
アナログでプリントを重ねると言いましたけれども、今回、展示している作品はそのプリントからスキャンニングして、インクジェットの大きい出力で出力したものです。
ー本当に不思議なイメージで、しかも多数の人間を重ね合わせてこれだけはっきり像が出てくるということがまた驚きなのですけれども。
北野:最初テストの段階では漠然と重ねる、あるいは一枚のフィルムの前に何人も人に立ってもらってシャッターを押すということをいろいろやったんですけれども、どこか中心というか、よりどころみたいのものがあった方がいいというふうに気がつきまして、一応目に合わせてプリントするのに落ち着きました。目を中心に顔があるんですけれども、その人たちを包み込んでいる背景ですとか、あるいは必ずその人たちのライブな状況で、職場だったら仕事中に、お祭りだったらお祭りの最中に撮りますので、非常に空気感ですとか、光みたいなものも集積されているイメージになっていると思います。
ー写真の歴史というのは160年以上経つわけですけれども、最初の頃からやはり肖像写真というのは写真の利用の仕方としても大きなウエイトを占めたわけです。その歴史の中でもこれだけ多数の人の像を一つの写真で見せるというのは、知る限りほとんどないですね。たしかに何人かの顔を合成したような作品の例はありますけれども、北野さんがやっていらっしゃるような形で提示するというのは、ほとんどないと思います。こういう写真を作ろうと思ったきっかけは…?
モノクロのシリーズ「溶游する都市」 「our face」に先立つ、北野作品の原点
北野:では、そのルーツについてお話ししたいと思います。「our face」に先立って都市を撮ったモノクロの風景写真のシリーズ「溶游する都市」があります。「our face」のシリーズは、1999年から始まったシリーズです。「溶游する都市」はそれ以前の1989年から97、8年頃までの東京の風景のシリーズです。この頃は、スローシャッターみたいな方法で、東京の風景を歩いて撮っていたんですけれども、だんだんリアルに思えなくなってきて、94、5年くらいからほとんど撮らなくなったんですね。その後99年に「our face」が始まるんですけれども、その間世の中には大きな出来事がありました。
95年に大きな地震があったり、オウム真理教の事件があったり、海外では紛争やテロが頻発する時代で、直接僕が災害やテロに関わったり、身内が不幸をこうむったりということは一切ないんですけれども、ただ実際に起こっているはずのとても大きな出来事や人が直面している不幸みたいなことが、ちっとも自分のことのようにイメージできない、そういう想像力のなさに自分自身がすごく打ちのめされたんですね。そういうところで、写真を撮るということがなかなかできなかったんです。実際に自分が関わりないところで、たくさんの人が日々生活して生きているということを、直接確かめるというか、そういうことをしようと思って、それでいろいろな人を訪ねて歩く。
そこで自分がちゃんとイメージできなくなってしまっていた他者みたいな立場の者と自分自身を重ねて、いろいろな多様な人が重なった、私たち「we」という言葉の意味を広げるようなイメージを作ってみたいという衝動が最初の原点だったんです。


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