写真ゲーム
ARTIST TALK_作家トーク
作家トークNo.1 土屋紳一(2)「抜け殻としての自分」
新作「Surface」と「Shell」について、土屋氏のトークを元に紹介しよう。
「Surface」(2007)[壁面に展示]と「Shell 02」(2008)。「Shell 02」は抜け殻としての自分、それが「Surface」を見ているという展示になっている。来館者は一様に立ち止まり、驚いた表情で「Shell02」 の姿と顔を見て行く。
「地図」と言えば、今日では「Google Earth」で地球上のあらゆる場所を検索して映像でも見ることができる状況が生まれている。ナビゲーション機能が入った携帯もある。土屋は、そうしたデジタル技術が可能にした地図の便利さに自ら恩恵をこうむる一方で、そういう時代だからこそ、自分の目線から地図を作ることが重要だと語る。
「インターネットや情報の氾濫のなかで、自分がどのような地図を作るか。そういうことを考えてもらえればいいと思います。」
新作の「Surface」と「Shell」も「Scan」についての作家の思索と密接に結びついている。
「Surface」は、世界的に知られるケルンの大聖堂、ケルナードームを地図をもとに歩きまわってさまざまな角度から撮影して、それらの画像をひとつの画像にまとめた作品である。「Scan」の延長上にある作品と言えよう。ところで、ケルナードームをさまざまな角度から撮影すればするほど中心の空白が際立ってくるという状況がこの作品では示されている。西欧文化の象徴であり歴史的な由緒があり、観光名所でもある教会がその視覚情報をいくら重ねても実体が見えなくなり、中身が抜け落ちていくような存在として見えてくる。この作品は現代のメディア状況の隠喩であると土屋は考える。
「現代の私たちの日常生活のなかでは、情報が氾濫しさまざまな知識を得ることはできますが、得ようとすればするほど実体が見えなくなっています。中が抜けていくように感じられます。」
作家のまなざしは、情報を得ようとする人間自身にも向けられる。土屋は、そうした人間自身がある意味で「抜け殻」となっているのではないかというビジョンを、土屋自身の姿をさまざまな角度からデジカメで取ってDP屋で大量にプリントアウトしたプリントを糸で縫い合わせて作った写真人形「Shell」で表現している。「Shell」の背の側は開けられており、土屋の抜け殻といった感触を伝えてくる。その抜け殻である自分が、同じく、実体が抜け落ちて行くケルナードームを見ているという状況が展示場で作られている。その写真人形は、現代のメディア社会に生きる私たちの姿の隠喩でもあるのである。
今回の三作品の展示では、現代の社会や文化を巡る土屋の思索が多様な仕方でフローしリンクしあっている。その様子を会場で体感していただきたい。
(文: 当館学芸員 深川雅文)


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