3章 集合する線

線はかたちの境界を表すだけではありません。線が集まり、重なり、交差することで、質感や陰影が生まれ、「かたち」のディテールといった視覚的な情報を示します。さらに、線の集合はそれ自体が情報となることで私たちに概念や意味を伝えることもできるのです。
本章では、線の重なりが生み出す造形や意味に着目した4点の作品をご紹介します。線の密度や方向、リズムが私たちの視覚にどんな印象をもたらすのか。線が表現する奥行きのある世界を探りましょう。

《L'Enfant prodigue 》

「放蕩息子」を題材にしたパントマイム劇のポスターです。リトグラフという版画の技法によって、繊細で幻想的な雰囲気が生み出されています。
許しを請う放蕩息子の背後には母親のまぼろしが立ち、静かに指をさします。

ぼんやりと浮かび上がっているまぼろしの手をご覧ください。何度も重ねられた細かな線が陰影をつくり出し、実体を持たないまぼろしの儚い質感を表現しています。

《森と月》

こちらは《森と月》という銅版画の作品です。まずは、作品全体を眺めてみましょう。
夜の森と地面の水たまりに映る月を表しているのでしょうか。あるいは、夜空に浮かぶ月と、その下に広がる鬱蒼と茂る森林の情景でしょうか。黒を基調とした画面の中で、落ち着いた青色のかたちが映えています。

どのような線で構成されているのか目を凝らすと、黒い線が網掛け状に並んでいることに気づきます。線を重ねることで黒い面を生み出しているのです。
この作品はエッチングという技法で制作されています。銅の板をニードルなどで彫り、刻まれた溝にインクを詰めて紙に刷り取る方法で、面を表現するためには無数の線を刻む必要があります。

銅板を彫ったときのわずかな凹凸の影だけでなく、触ったときのざらざらとしたその感触までもが感じられるようです。

表情の異なる線がたくさん集まっています。いったい何を表しているのでしょうか?
小さくカールした髪の毛、骨ばった肘から流れる筋肉のすじ、その先にはその腕で押さえられた人物の獣のような体毛。すべてが線だけで構成されていますが、強弱やかたちによって、それぞれの質感が巧みに描き分けられています。

これはギリシャ神話に登場するテセウスとミノタウロスの戦いの一場面を描いたポスターです。神話の緊迫した瞬間が一色の線のみで力強く描かれています。

《第1回ウィーン分離派展ポスター》

テセウスの鍛え上げられた肉体と、ミノタウロスの野性味あふれる身体が対照的に示され、背景にはミノタウロスの迷宮があらわされています。ミノタウロスの背後に広がる細く波打つ線の集まりは、一度入ると抜け出せない迷宮の閉塞感を思わせます。

次の集まっている線は何を伝えようとしているのでしょうか?

これは《関東下知状》という歴史資料です。
文字もまた線の集合体であり、それぞれが固有の意味を持ちます。さらに、その文字が集まることで文章となり、情報として機能する「かたち」になります。文字の形を崩さず、丁寧に引かれた線のつらなりは、書かれてから何百年も経った現在までその情報を伝えてくれるのです。

《関東下知状》

おわりに

「線」をテーマに分野をまたいだ収蔵品を追いかけた今回の展示も、ここで終わりとなります。最後までご覧いただきありがとうございました。

拡大して気づく微細な線の表現や作品を構成する無数の線を見つめ直すことは、かつてその線を引いた作家の呼吸に触れる体験でもあったのではないでしょうか。そのほかに、歴史資料を歴史という視点から離れてみつめることも、思いがけない発見があったかもしれません。
本展を終えてデバイスから離れたときに、ふと目にする景色がこれまでとは少し違った「かたち」として皆さんの目に映ることを願っております。
線が生み出す表現の広がりを、当館の収蔵品の中、そして皆さんの日常の中に探し続けてみてください。