2章 かたちをつくる線

前章では、線がつくる空間に注目してきました。続く本章では、「かたち」を強調する線に目を向けます。私たちが平面に表された画面の中でものの形を認識できるのは、多くの場合、その輪郭が線によって囲まれているからです。また、「かたち」の存在感やその特徴を際立たせるために効果的に使われている線もあります。
対象を縁取った線が印象的な5点の収蔵品を取り上げ、それぞれの線がどのように「かたち」をつくり出しているかを探っていきましょう。

《朝鮮釜山浦之湊入口ニ有之立像》

黒い人物像の上に白抜きの線で細部が描き込まれています。木版画の作品であることを踏まえると、白抜きの線の部分が木の板を削った跡なのでしょう。黒い部分だけでも人物であることがわかりますが、白い線が人物の「かたち」をより詳しく描き出します。 

白い線があることで、太ももを覆う衣服の流れや筋肉の盛り上がっているかたちがはっきりと見えてくるのです。

《映画「人情紙風船」セットスケッチ》

《映画「人情紙風船」セットスケッチ》は映画制作において構想を練るために作成された絵コンテです。このスケッチを元に撮影用のセットが組まれました。舞台となる、夏を迎えた長屋の佇まいが力強い線で描かれています。

濃い黒色で力強く示された縦横の線に、ひょろりとした細長い線が絡みつくように描かれています。これは、裏庭の垣根に芽吹いたばかりの朝顔のつるが巻き付いていく様子を表しているものですが、拡大して見るととても単純な線で構成されているようです。シンプルな線で描かれていたとしても、家屋の壁に木枠が立てかけられていること、そこへ何本もつるが絡まっていることがわかります。
太くがっしりとした線とくねくねとうねる細い曲線が重なって、それぞれのかたちの違いが際立ちます。

《ルーヴル宮の修復 1860年代》

《ルーヴル宮の修復 1860年代》は、1860年代に撮影された修復中のルーヴル宮殿を撮影した写真作品です。建物の下部はシンプルな円柱の柱、上階へ進むにつれて人物像を中心とした豊かな装飾が壁面に施されています。また、タイトルの「修復」からもわかるように、入口のアーチや屋根にあたるドームの部分には足場が組まれていて、まさに歴史ある建築物の修復作業の最中であることがわかります。

立体的なかたちを平面の紙に写し取る手段として写真がありますが、そこに現れる立体の「かたち」は、ある意味では線で構成されているといえるかもしれません。
大きく拡大した写真の中から線を見つけてみましょう。

1階や2階には上下方向を強調するように直線の柱や縦長の窓が多く配置されていることに気づいたでしょうか?下から見上げると、自然と上の方へ目線が導かれるように設計されています。

こちらの映像は、1匹の猫が頭を低くして前に飛び出していく様子を捉えています。
猫のお腹にある縞模様を観察してみると、その線が動きに合わせて波打つように変化していることがわかります。また、しっぽが猫の歩行に合わせてピンと伸びて上下に揺れる様子も面白いです。

《猫の歩行》『アニマル・ロコモーション』より

 映画が誕生する以前、「かたち」の動きをとらえるために、様々な方法が考案されました。この写真作品は、猫が駆けていく一瞬の様子を撮影し、1枚ずつ横並びに配置することで動物の繊細な動きを示しています。デジタル技術が発達した現在では、当たり前のように思える表現ですが、当時としては、動物がどのように足を動かしているのかを明確に示す画期的な試みでした。

あらためて、動作の一瞬を撮影したこの作品を見てみると、猫が走るという動作はかたちの連続的な変化によって構成されていることに気づかされます。あらゆる動きの中には、線が変化していく軌跡が隠れているのです。

《新東京百景 25 渋谷・ジャンジャン・アレイ》

《新東京百景 25 渋谷・ジャンジャン・アレイ》は、東京・渋谷の街をスケッチした作品です。さっそく、大きく拡大してみましょう。

ここまでは「かたち」を強調する線をみてきました。一方で、この作品はアプローチが異なります。壁に掲げられた白い十字架に注目してください。ここでは、輪郭を描く線は隠れていて見つけにくいでしょう。
背景を埋めるように描かれた黒い線の集まりによって、白い十字のかたちが浮き上がっているように感じます。周囲を緻密に描きこみ縁取ることで「かたち」を強調しているのです。