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たかはしのりこ 1964年高知県中村市(現・四万十市)生まれ。
筑波大学人文学類卒業。昭和63年より現職。
市民ミュージアム学芸員として「道祖神の源流」展(1990)、「妖怪」展(1993)、「海と人生」(1995)、「弘法大師信仰」展(1996)、「呪いと占い」展(2001)、「日本の幻獣」展(2004)、「ロシア民族学博物館アイヌ資料展」(2005)などの展覧会に携わる。共著に、『博物館は今』(日外アソシエーツ)、『江戸の祈り−信仰と願望−』(吉川弘文館)などがある。
◆2007年の夏(7月14日〜8月19日)に開催された「こどもの毎日−みんなこうして大きくなった!」展開催のきっかけやその背景についてお聞きします。
高橋:2007年4月に市民ミュージアムは建築の一部を、リニューアルオープンしました。それまでは1階に特別資料室という展示室がありました。最初は博物館系の収蔵庫展示室という形の展示室でした。
2階の常設展示(現在、博物館展示室)が固定展示だったので展示替えなどが難しく、様々な収蔵品を様々な角度から見せたいと思い、この特別資料室で展覧会を行うことにしました。年間4本ぐらい展覧会(規模は小さいですけど)を行ってきましたが、今年(2007年)4月からここは閉鎖されて、2階の企画展示室で行う展覧会の第1弾がこの企画展です。ですから基本的に収蔵品のお披露目展示という意味合いが強いです。しかし、ただ収蔵品を並べても仕方ないので、テーマを設けて収蔵品を見せていくことになりました。今回は開催時期が夏休みということもあり、「こどもの成長」をテーマにしてミュージアムの収蔵品を中心に企画したわけです。私たち学芸員もこの展覧会で「当館の収蔵品はなかなか充実している」と再認識しました。アンケートにも「展示された雛人形や五月人形などがすばらしい!」との意見がありました。これらの資料は「川崎で実際に使われていたもの」という収集方針に基づいて集められたものなのです。
◆「こどもの毎日」のテーマの設定理由や企画意図をもう少し、詳しくお聞かせください。
高橋:今回の企画展は民俗資料を中心に展示しました。「こどもが生まれてから成人するまで」のこどもの成長を、年中行事を中心に構成しました。今はこどもの医療体制が確立していますが、昔はこどもの成長は神仏の加護の中にあったんですね。子どもの成長の折り目折り目で、お祝いをしつつ、こどもの無事を祈る行事を行っていました。その関連資料をこどもの成長にあわせて展示したのです。「七五三」などの行事も、こどもの成長にあわせた行事だったわけですね。もう一つの大きなテーマは、地域の中で「こども」がどのように考えられていたかということが、この展覧会の基本テーマでした。現在ではこどもは単に家族の一人という意識が強いと思うのですが、昔こどもは地域社会を継続させる一員であり、地域全体の大切なこどもだったわけです(地域の共同体を支える成員になる)。ですから地域全体で育てていこうという意識が根底にあったのです。いまとは子育てに対する考え方がだいぶ違っていたわけです。そういう意味でこの企画展は、今こどもを育てている親御さんにも観てもらいたかったのです。
◆ところで展示されていた当館所蔵の「雛人形」や「五月人形」は、大変に立派な資料でしたね。
高橋:「雛人形」や「五月人形」は広い展示スペースが必要です。また展示の季節を選ぶ資料でもあるので、なかなか展示する機会がないんですね。ですから、是非一度いっぺんに展示したかったのです。
今回、展示して一番うれしかったのは、資料を寄贈してくださった方が観に来てくれて、「こんなにもきれいに展示してくれてありがとう。また、大切に保存してくれてうれしい」と、寄贈していただいた方から喜ばれてことでしょうか。今まで200人ぐらい寄贈してくださった方がいるのですが、そのほとんどが川崎・地元の方ですね。展覧会の反省点としてはこども自身はあまり関心がなくて、子育てを終えた方々が喜んでくれたことでしょうか。最後の展示コーナーで、昔のおもちゃで遊ぶコーナーも作ったのですが。
◆高橋さんは大学時代に民族学がご専門だと聞いています。市民ミュージアムに就職なさって、研究対象もかなり違って生きたと思います。過去の担当された展覧会で印象に残っている展覧会について伺いたいのですが?
まず個人的には「呪いと占い」という展覧会が印象に残っているのですが?
高橋:大学の専門は確かに民族学だったのですが、市民ミュージアムに就職し、だんだんと民間信仰等に興味がわいてきたのです。「呪いと占い」という展覧会は、(川崎という地元からは離れるのですが)普遍的な問題としての庶民信仰とか民間信仰をテーマにした展覧会です。「合理的な」考えだけでは理解できないものがあるのではないかと思い、現代に生きる私たちにも通じるものとして企画したわけです。
◆川崎から離れた展覧会といえば「ロシア民族学博物館アイヌ資料」展がありましたね。
高橋:この展覧会を企画展したときに、「川崎とアイヌとはあまり関係ないのでは」という意見が学芸の中からもありました。しかし、展示されるアイヌの資料が本当にすばらしかったし、博物館系展覧会だから川崎にすべて関連づける必要はないのでは、と思い「アイヌ資料」展を開催しました。
川崎在住の樺太アイヌの方がこの展覧会を見て感激してくれて、「今まで自分の出生を隠していたのが、この展覧会を観て感動して、先祖代々大切に持っていたアイヌ民具を持ってきた」ということもありました。その方、お一人のためだけでもこの展覧会をやって良かったなと思いました。また、たくさんの子どもたちも見に来てくれたんです。時期も夏休みだったので、(小・中学生たちが)自由研究でこの展覧会を取り上げてくれて、大変熱心に観てくれました。
◆最後に今年は開館20周年です。この4月開催の「オキナワ・カワサキ」展について伺います。
高橋:実は「オキナワ・カワサキ」展は先ほどお話した「アイヌ資料」展とも繋がりがあるんです。「アイヌ資料」展のときに、人権団体の方たちにも宣伝等でご協力をいただいていたんですね。その人たちから「今度は沖縄にも目を向けてください」と言われました。「川崎なら、ぜひ沖縄を取り上げて企画してください」という声をいくつかお聞きしたんです。ご存知のとおり、川崎は本当に沖縄出身の方が多いし、優れた沖縄芸能を保存している団体も川崎にあります。また、沖縄文化(紅型や壷屋の焼き物等)に魅せられて才能を開花した芸術家が川崎には何人かいます。沖縄の風土や生活様式そのものに魅了され、自身の才能を開いていったのが陶芸家・濱田庄司であり、詩人の佐藤惣之助であり、アーチスト・岡本太郎であったわけです。芸術家たちが「沖縄の美」のどんなところに惹かれたかを、展示を通してご紹介したいと思っています。
