ブルーノ・ムナーリ
MUNARI50_ムナーリ50
発明家
必要にかられて、人間が発明してきた機械には、わたしたちの日常や社会生活を豊かにするモノもあれば、人びとの心を圧迫するものもあります。そして、そうした機械の非人間的な側面をいくら否定しても、これらの事物は今の生活には欠かすことのできないものなっているのです。そのわけは、機械がさまざまな面で生活を便利にしたり、効率的にしているので、わたしたちはその合理性に支配されているからなのです。
ムナーリは、「機械主義宣言」の中で、機械が支配するいまの時代にわたしたちは機械の奴隷になるのではなく、その主人にならなければならない、そして機械の奴隷から主人になれるのは、ひとえに芸術家の働きによるのである、と宣言しています。機械にたいする諧謔とユーモアたっぷりの「役に立たない機械」や「不規則な機械」。「時間X」最晩年の作品「テンポ・リベロ」などに発明家としての反機械的な造形思考が鮮やかに表れています。

「テンポ・リーベロ」
これは、スイスのスウォッチ社の依頼でいろいろ国のアーティストやデザイナーが手がけた一連の腕時計の一つです。針はありますが、固定した文字盤はありません。日本語では「自由な時間」という意味で、ムナーリの生前の最後の作品です。見えない鎖でわたしたちをしばっている時間は現代人には大きな問題です。時間に縛られないということがムナーリに課題でした。若いときから「役に立たない機械」などを通じて、この時間という問題に取り組んでいます。「時間X」も、生活と時間を考えさせてくれる作品です。

「ムナーリの機械」
この本は第二次世界大戦の最中の1942年に刊行された役に立たない機械のユーモラスな設計図集です。かわいい小動物をエネルギーの発生の主人公にしたさまざまな機械は、ムナーリのしたたかな諧謔精神の表れです。イタリアが国をあげて敵国と戦っているときに、人間の役に立たない機械のアイディアを考えていました。1938年にムナーリは「機械主義宣言」で人間は機械の奴隷ではなく主人ならなくてはならないと書いています。機械の恐ろしさや冷酷をよく知っていたムナーリだからこそ着想できた一種の奇書です。


「ゼログラフィーア」
コピー機の複写機能を使ってたった一点の作品を制作したのが、ゼログラフィーアです。文書や図像をできるだけ原稿に忠実に再現するのが、コピー機の用途であり宿命です。この複製忠実多数生産機械に、原稿に忠実でなくてもよい、しかもたった一点という自らの機能に背くような、新しい機能と生命をコピーに与えたのが、ムナーリでした。ムナーリは、人は機械の主人ならなければならないと言っています。この作品は、ムナーリがいかに機械を制御したかということを示す典型的な一例です。

「役に立たない機械」(アルミ)
木で作られた「役に立たない機械」と同様にわずかな空気の流れで不規則に動きます。1枚のアルミ板から同じ幅に切った帯をさらにバランスを考え6枚の板にしています。それぞれの板には黒いドットの模様があり、機械の動きの軌跡を見せてくれます。吊り下げられ動くものという点でカルダーのモビールと似ていますが、着想の原点が全く異なります。(参考:「芸術としてのデザイン」ダビッド社)

「役に立たない機械」
あらゆる機械は、人間の役に立つために作られてきました。生産に結びつく機械は規則正しく運動します。しかし、ムナーリの機械は、運動しますが、不規則です。ですから何も生産せず、役には立ちません。今回出品されていませんが、「不規則な機械」という作品もあります。

「軽やかな機械」
着色された木と、金属で作られた彫刻で、壁に取り付けることも、空中にぶら下げることもできます。直線、円弧、球などで構成されたこの作品は、規則正しく動いている機械、または、人が踊っている時の手や足の軌跡のようにも見えます。「役に立たない機械」のもとになった作品です。

