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ARTIST TALK_作家トーク

作家トークNo.8 前沢知子(1) 「世界のあらゆる場所の『隙間』を顕在化する」

ー本日のトークは、前沢知子さんの回です。前沢さん、さっそく今回の作品についてお聞かせいただけますか?

前沢:最初の個展を開催しましてちょうど10年目くらいになるんですけど、私の制作は、当時から一貫したテーマがありました。「世界のあらゆる場所の『隙間』を顕在化する」というテーマです。その「隙間」は、見えるものとか見えないものとかそういうことにかかわらず、人々の意識とか、そういうものを含めたもの、要するに、隙間を顕在化することで、既存の認識を問うということを、10年、変わらずやってきました。「私の作品を見つけてください」も、そのテーマでつくられたものです。

ー簡単に「私の作品を見つけてください」という作品を説明させてください。展示場にカメラが置いてあります。ワークショップのかたちをとって、参加される方が、このカメラを用いて、「私の作品を見つけてください」という前沢さんの指示に従ってミュージアムの館内や館外で撮影します。撮られたフィルムを回収しまして、現像して、前沢さんがご覧になって、そこから作品を何枚かプリントされたり、あるいはスライドという形で上映する。撮られる方は、今回、4コマ。24枚撮りフィルムを使って、一台で6人、カメラ三台使いましたので一回のワークショッブで18人の方が参加されます。複数の方が撮られています。最終的には前沢さんがセレクトして、こういう形で展示されるという形になっています。会期中、3回ですから、合わせてのべ54名の方が参加されることになります。

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自作について語る前沢知子さん

前沢:「私の作品を見つけてください」という作品では、「私の作品」と書いてあるので、まずは私自身、前沢自身の作品というニュアンスを鑑賞者の方には強く持たれると思います。しかし、鑑賞者の方が、このフレーズを実際、口に出して言ってみてもらったりするうちに「じゃあ私の作品はどれだろう?」、「"私"って何だろう?」というような疑問も生じてきます。この時点で「作家」であった「私」が「鑑賞者」の「私」自身に移り変わるような事態が起こるわけです。「私」という言葉自体が持つ特性がこの作品には用いられています。ゲーテの言葉を借りますと、「私」の二つの要素として、普遍的な「私」と、個人としての「私」、要するに、「私」という言葉は、自分と他者、すべての人間にも当てはまるんですね。それが「私」という言葉であって、そういう言葉を使って、私は、この作品以降、「私は見ています」という作品や、「私の作品を聞かせてください」という作品、さらに、今進行中なのですが「私たちの作品を見てください」という、「私」という名の付く作品をいくつか作ってきました。

ー「写真」というとどうしても「私」がある被写体を「撮る」という構図だとか、作家である「私」がきれいな風景を撮ってそれが作品となるという伝統的な考え方がありますが、前沢さんの作品では、作家がこうした伝統的な枠組みで見られる「私」という位置からいなくなってしまうわけですね。

前沢:そうですね。個人は、「私」、「鑑賞者」、「作家」、「参加者」などのさまざまな立場と関係を行き来することになります。参加者が作り手にもなり、鑑賞者にもなる。参加者が思っていた「私」がいつの間にか違う「私」に転換する。交互に立場と見方が入れ替わるのです。「私」という言葉の中で美術のあり方、作品のあり方が変わって見えてくるという作用がこの作品にはあると思います。

ー最初、フランスのモンフランカンという場所でこのプロジェクトは開始され、次に日本のスパイラル(表参道)で2000年に行われました。さらに、2003年に原美術館。そして、今回、2008年に川崎ということで、ここが4カ所目になります。場所の違いや写された内容はこの作品にどう影響するのでしょうか?撮られる国で違うのか、それとも日本でも、スパイラルのような都会でやるのと、川崎のような郊外でやるのとでは──

前沢:今回は、これまでのプロジェクトで各地で撮られた写真も使っています。写真というメディアの持っている二つの要素「記録」の要素と「芸術作品」としての要素があって、そのために私は写真というメディアを使っています。記録的要素でいうとさまざまな違い、フランスだったら私がたまたま滞在していたところが中世の都市だったので、絶対日本では撮れない中世の写真が撮れるわけだし、川崎で撮ったときはプーさんとか、たまたま成人式だったので、成人式スタイルってのはここでしか撮れないし、また10年後、20年後に同じ川崎で撮ったとき、どういう成人式になっているかってのも、時代によると思いますし、そういう意味での記録的要素、写真としての記録的要素は、作品の内容に関わっています。また芸術的要素として、人物を真ん中に撮るっていう人物写真の構図みたいなものとか、たとえば人がひっくり返って股越しに見ている姿だったり、影と光のコントラストとかの芸術的要素、いろんな偶然性のものとか、人間の普遍的な芸術的価値観であるものが、写真の中には現れています。そういうものは、一枚だけで見ていると見えにくいのですが、スライド上映の壁の背面に展示している16枚のプリントの額での展示になってくると、写真そのものから、何の要素を取り出して、他の写真との関連性を見るという見方が生まれます。人物写真のような写真があったとしても、そこに構成的な要素だとかも見えてきます。たとえば夕焼けの中に人が立っていました。それは見る人によっては夕焼けの写真に見えるかもしれないし、人物の写真に見えるかもしれない。それが16枚の組写真になると、比較なり、ものの相互の関係する中で見えてくるので、違ったものとして見えてくるかもしれません。たとえば、構図の面白さや視角の面白さとかが…これは写真の持っている重要な特性だと思います。

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