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作家トークNo.7 折元立身(3) 「いい作品はみんな寂しい」

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処刑台、パンが入れられていた箱、ケースに集められたパン、壁面にはパフォーマンスの映像のプロジェクション…2004年6月の川崎市市民ミュージアムでのパフォーマンス「処刑ーパン人間」の後、企画展示室で開催された展覧会(会期1週間)の光景。

折元:写真は、僕の作品やパフォーマンスの表現の手段として使っているだけです。ドローイングもあります。オブジェ、お母さんの薬のカラを全部集めたオブジェなんかもあるんですけどね。そういう風に、生活の中から、自分の生活の中から、自分の汗とか、それから排出物も含めた全部のものが作品となって、そのひとつとして、僕には写真があるわけです。僕はそういう方向で撮っているつもりです。今回のようにきれいに並べる場合もあるし、サンパウロでは写真を直にダーッと壁に貼っちゃう、そんな方法もあります。その方がリアリティがあるから。僕はそういうのが好きなんです。僕は写真家ではない。でもヨーロッパじゃ「これは写真です」と、写真美術館で展覧会をやるわけです。

ー逆に言うと、日本でも、写真家ではないけど、写真の作品として展示できるそういう状況が生まれつつあるのかもしれません。ですから、折元さん、希望を捨てないでください(笑)。

折元:いや、もうー、ね。僕、寂しいのよ(苦笑)。サンパウロで一生懸命やって、市長さんも来てテレビも来て、その日は「もう疲れた!」ってベッドで倒れちゃうくらい疲れてやっているのに、日本に帰ってきて、僕は独り者で子供いないし、あとはお袋に「おばあちゃん、頑張ってやってきたよ!」と新聞見せて……「それだけかい?」って感じで……(苦笑)。日本のジャーナリストが来るわけじゃないし、プレスリリースを100枚ぐらい送ってもひとつもコンタクトがありません。「そんなの関係ない!」(小島よしおの真似)と思うのですが、日本にいるとストレスがすごいです。
僕は今の日本の状態では、場違いな日本人、場違いなアーティスト、そんな感じです。ただ、ヨーロッパではどういうわけか場違いじゃなくて、場があって、アーティストです。ヨーロッパの美術館じゃこの頃、スペインだとかベルリンだとかそういうオファーが来るようになりました。ヨーロッパでは場所があるのです。日本だと、今は特にない。僕は寂しいね、今の状態が。でも、動いてきているなというのは感じます。

ーそう、動いてきているのではないでしょうか。

折元:ただ、ね。ひとつ言えるのは、いい作品はみんな寂しい。詩人なんか、金持ちだったらいい詩は書けない。おいしいもの食べてさ、「今日はフランス料理のナニ食べました、今日はベンツで行きました〜」そんな話に全然感動しないものね。やっぱり、ベーシックには、写真にしても美術にしても、最終的には人間的な寂しさを持っている人にしか作品は作れないよね。金持ちというか何もかも満たされた世界において、いい作品、感動する作品はできないと思う。だから僕はばあさんと二人、痛風が出て動けなかったからテレビばっかり見てたけど、そんな時すっげえ寂しいなって思ったけど、やっぱそれがあるから、ある人が言ってくれたんだけど、「折元さんの作品には、愛があるよ」って、言ってくれるんですよね。パフォーマンスやってても、人形で今日やってみせますけど、その中でやるアクションにすごい愛を感じる。人間的な愛があるって言ってくれたことが僕はすごくうれしかったです。でもそれは、お母さんと日頃二人過ごした、まああまり大したことやっていませんけど、でもね、朝食出したり、お風呂はそこにいる介護士さんに入れてもらって一緒に入っているわけじゃないですけど、一緒の生活の中から生まれるリアリティが、すべてパフォーマンスの血となり、肉となってきていると思います。そうした言葉ですごく救われながら、毎日毎日一歩ずつ進んでいってます。

ーどうもありがとうございます。これからパフォーマンスをやっていただきますが、(通風で)足が痛くはありませんか……

折元:通風でも、ビールはいくらでも飲みますよ。通風にはビール、アルコールは薬ですよ。
ーそれはちょっとまずいんじゃないでしょうか(苦笑)
折元:じゃあ(笑)……指人形のパフォーマンスを始めましょうか…

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指人形を使った新作のパフォーマンスを行う折元立身


聞き手  当館学芸員  深川雅文

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