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ARTIST TALK_作家トーク

作家トークNo.3 屋代敏博(2)「"新しい風が来て、風が吹き抜けたみたいです"(屋代敏博の学校訪問を体験した先生の言葉より)」

屋代は、90年代半ばから20世紀末にかけて、写真家が撮影の大前提としてきた被写体のあり方に苦悶しそこからの脱出を図ろうとしてきた。その予兆が、ターンテーブル上にモノを置いて回すことによって被写体の差異を回転の残像へと解消し対象を単純化する実験にあった。さらに「写すー写される」、「主体ー客体」という関係を、自らの回転像をカメラの視野のなかに入れ込むことで放り出すことで括弧に入れる事に成功し、彼のなかでそのプロセスは大きな一歩となり、その後、屋代の作品は「回転」をキーワードに組み立てられることになる。

ところで、屋代は自分で回転する場合も、回転する「自分」はいわゆる「セルフポートレート」ではない。主体はすでに滅却されているのである。というのは、回転像は無差別的であるという彼が見つけ出した認識からすれば、「自ら」の回転に拘る必要もなく「他者」が回転しても構わないからである。既述したように実際に他者が回るという展開は、横浜トリエンナーレが開催された2005年(屋代はトリエンナーレにも参加していた)、同時期に横浜美術館の「市民のアトリエ」から市民と一緒になにかやって下さいという申し出をきっかけに大きく動き出す。回転回の制作の現場を市民とともに体験する試みがなされた。その結果、「招待撮影」、「訪問撮影」など多くの人々が「回転回」に参加するプロジェクトへの道が開かれた。

「写真一枚で見せるのでははなく、プロジェクトで見せています。現場を見せるというやり方で。」

参加型の開かれた映像制作プロジェクトとなった「回転回」はひとびととのコミュニケーションアートという新たな次元を獲得していき「訪問撮影」は、個人の部屋のみでなく学校でも展開されることになる。「学校訪問」である。最近、頻繁に「学校訪問」を行っている屋代は、「学校訪問」についてこう語っている(学校訪問の模様は屋代のサイトのFileで見る事ができる)。

「作家が学校に行くことによってなにか刺激を与えることができるのではないかと思っています。それはアーティストの役割のひとつではないかなと僕は考えています。…日本の教育現場は閉塞的になりがちな感じがします。とくに日本の場合、今も画一的な見方が強いのかもしれません。そこに、僕みたいな変わったひとがいくことで、いろんな価値観や多様なあり方があるということを伝えることができるかもしれません。異人と触れ合うわけです。それによって、閉鎖的な状況を破る一助になれるかもしれません。生徒たちだけでなく先生も刺激を受けるみたいです。訪問した学校の先生がこうおっしゃったことがあります。"新しい風が来て、風が吹き抜けたみたいです"」

「回転回」は参加するひとびとを非日常的世界に誘い、自らの存在の新たな可能性に気づかせるある種の祝祭的行為に似ている。屋代は「異人」として彼らの前に現れ、しばし祝祭的空間と時間を共に生み出した後、「風」のようにいづこに去って行く。「回転回」の写真と映像は、そうした祝祭的行為の軌跡であるとともに、さらなるプロジェクトへ向けての跳躍台なのである。

文: 当館学芸員 深川雅文

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